10.大日本住宅

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第五証券の黒板には、大日本住宅は載せていなかったので、短波放送を聞きながら、所定の用紙に一部上場銘柄の値動きを書きこんでいる少年のそばによって、その表をのぞき込むことで、値動きを知る以外に方法がなかった。 「大日本住宅、成り行きで二十万株買う」 株式部の前で、凜子は小声で言って赤の買い伝票をそっと出した。場電が凜子の言葉を市場へ伝えると、まもなく 「大日住宅二十万株、百五十二円で買えました」 と株式課長が凜子の顔をみながら、低いがよく通る声で言った。凜子はうなずいて、かるく頭をさげた。株式部長が身をのりだした。 「あまり馴染みのない銘柄だが、なにか良い材料でも掴んだのかね?」 「いいえ、材料は何もありませんが、これからは住宅株がいいだろう、と考えただけです」 「これからも買うつもりなら、動かない銘柄をはずして黒板にのせてあげるよ」 「ありがとうございます。当分、この銘柄に絞ってやって行くつもりですので、お願いします」 株式部長はその場で、黒板書きの少年に指示して電力株と入れかえてくれた。三日後、大日本住宅は株価を百七十円台にのばしてきた。凜子はそこで三十万株を買った。週末は百八十五円と、高値引けであった。凜子は大引けで二十万株買っていた。順調すぎる位の足取りだった。月曜日に出社してみると、業界紙が一斉に、一面トップを大日住宅で飾っていた。どの新聞も二代目社長を褒め称える記事をのせて、煽り立てた。 もし、寄りつきから二百円カイとくるなら、一旦は売る決心をしなくてはならない。カラ売り残高が二百五十万株、と徐々に増えてきていたことはうれしい傾向だったが、べたほめの記事で煽られると、カラ売り残高が減少して、カラ買い残高が増えてしばらくの間停滞するだろう、と危惧したからであった。 寄りつきの成り行き買いは、最初二百万株と表示されたが、みるみるうちに六百万株に膨れあがり、カイ気配値が十円高の百九十五円と表示された。その後も成り行き買いがふえたらしく、九時二十分になって、ようやく十五円高の二百円で寄りついた。凜子は迷った挙句、百五十二円で買った二十万株を残して、寄りつきであとの五十万株を売った。
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