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11.兜町よ、さらば
大阪からもどった翌週、凜子は大日本住宅を二百十円で五十万株買い直した。日住は連日、大商いをつづけながらも堅実な足取りで、二週間後には二百五十円台にのせてきた。凜子はそこで三十万株を買い増しした。これで以前買った二十万株と合せて百万株になったが、もっと大量に買うべきだ、という内なる声に突き動かされる自分を感じていた。三週間後、株価は三百円台に大台替わりしていた。
凜子は、崖から飛び降りるような緊張感に包まれながら、三百五円で五十万株を買ったが、冷や汗のでる思いであった。もしここで下げるようなら、すぐ投げる覚悟でいたが、株価はなおも奔騰をつづけた。三百五十円カイときたところで、凜子は何かに突き動かされるように、割引債券を解約してさらに五十万株を買いのせた。これで、現物で二百万株買い込んだことになる。大日本住宅に命をかけたような気分であった。
とはいっても、この会社と心中する気はない。凜子は、女性としては理性的な方だ、と自分でも考えていた。今までおつき合いをした男性が何人かいたが、命がけの恋をした憶えはなかった。彼女はいつも買った株の平均値を頭に入れていて、相場が下げて平均値に近づいたら、その時は、きれいさっぱり売ってしまう覚悟をしている。
しかし、最近はカラ売りとカラ買いが、七百万株づつで拮抗してきたので、押し目らしい押し目は作らないのである。出来高は、連日五千万株から八千万株と、大商いが常套化してきた。四百円台にのせた時、凜子は信用取引で百万株を買いのせた。それをみて、株式部長が心配げな表情で話しかけてきた。
「島君、君はこの株の目標値を、いくらに置いているのかね?」
「目標値なんか、わかりません。ただ、下値で現物株を買ってあるのが頼りで、そうでなければ、この高値で信用でなんか、とても買えません」
「ファンドは、信用で何百万株買う気だね?」
「わかりませんが、このまま上昇相場がつづくなら、四百万株まで買うかもしれません」
「うちの融資枠はそれほどないし、他の人たちのことも考えてくれなくちゃ、困るんだよ」
「ああ、そうでしたか、すみません。私の枠は、あといくらあるのでしょうか?」
「信用残が回転しているうちはいいんだが、回転がとまった時が困るんでね。まあ、あと百万株以内に止めておいてくれんかな」
「分かりました。そう致します」
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