11.兜町よ、さらば

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猪熊のように事務所を持って、何社もの証券会社に注文をだせば良いことはわかっていたが、そこまで手を拡げるつもりはなかった。ファンドは、大きくなればなる程中身が薄まってゆく。四大証券の投資信託のように、池の中の鯨とおなじで、大手鉄鋼、重電、電力、ガスなどの動きの鈍い大型株ばかり買い込んで、にっちもさっちも行かない状態を、シマの相場師たちは皆あざ笑っているのである。 他の住宅株をしり目に奔騰をつづける大日本住宅は、ついに五百円台にのせてきた。ファンドは五百円とび台で、百万株を信用取引で買いのせた。現物で二百万株、信用で二百万株買ったシマリンファンドは、今や兜町中の注目の的であった。業界紙は繰り返し凜子をとり上げ、写真入りで書きたてたから、シマリンファンドを知らない人はいないような状態になった。三丁目老人が、久しぶりに姿を現した。 「凜子ちゃん、シマの有名人になったね」 凜子は照れて下をむいた。 「財布を二つ持つといいな」 「えっ、何故ですか?」 「有名税だな。飲食店などで、見ず知らずの男から金をせびられるようなことがあったら、安い方の財布に二万円も入れておいて、財布ごとくれてやるんだ。それをしないと、若い女だと思って、そういう手合いはどこまでもついて回るからな」 「はあ、そういうものですか」 「きっぱりした所を見せると、そういう手合いは恐れるものなんだ」 「わかりました、今日から早速そのようにします」 「ところで、大日住宅のカラ売りに、山仙は参加してないようだな」 「山仙の噂は聞いておりません。本社がボロだから、一般の方がカラ売りするのでしょうか?」 「ほかの住宅株に比べて割高に見えるんだな。相撲取りでも十五、六歳から始めて、あれよあれよという間に,横綱になっちゃう子がいるように、株の世界にもそういうことがあるものだ」 「皆でいじめるから、益々強くなるんですね」 「相撲は横綱で行き止まりだが、相場というものは上にも下にも行きすぎるものだ。行き過ぎればかならず反省させられる。この繰り返しを昔から何万回もやってきたのに、人間はみな愚かだから、頭の中で相場をつくり上げて、割安だの、割高だの、目標はいくらだの、と勝手なことを言うのさ。それが当たるなら、評論家や経済学者が大金持ちになるはずだが、奴らは皆すかんぴんさ」
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