1.女相場師

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「株好きというのか、変り者というべきか、ほかに行く処がないから兜町にくるのか。あたしも六十六歳にもなったけど、一応女だから、昔はお茶の一つも入れたこともあるんだけど、口を開けば、でぃんりょく、でぃんりょく、としか言わないんで、だれも相手にしないのよ」 「お名前は何とおっしゃるのですか?」 「それがね、三丁目金左衛門っていうのよ、変わった名前でしょ」 青葉女史は声をたてて笑った。女史の顔にふかく刻まれた皺をみて、兜町に生きた永い人生を思った。翌日も老人は現れた。凜子はお茶をだした後、地下の食堂の老夫婦にいくらかの金を支払って、みそ汁を温めてもらって盆にのせて運んだ。老人はほそい目をおもいきり大きくあけて凜子を見あげた。 「ふー、みそ汁を出してもらったのは初めてだな、この街には五十年も通っているんだが。君はなんという名前だね?」 「島凜子と申します。かけ出しですが、よろしくお願いします」 「ふーん、美人系だな。わしに息子がいたら、嫁にもらいたいところだな」 「ありがとうございます」 その時、 「島さん電話」 と外務員の老人が電話を指さしてよんだ。昼食時で営業場は閑散としていた。受話器をとると、世田谷支店で営業主任だった風丘遼からだった。かれは凜子の退職と時期をおなじくして、本社の調査部課長代理に栄転していた。山興証券の本社ビルとは隣りあわせにあるため、何回かお茶を飲んだり、食事を共にしていた。
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