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しかし確固とした生存の証が見つかることもなく、いたずらに時間ばかりが過ぎていくうちに……やがて、生きているという噂は立ち消えになっていった。
そんな激動の時代から、六年。
「やっ……! は、離してくださいっ!」
「いいじゃねーかよ、つれねぇな。王国人たるもの、帝国人の言うことには従っておくもんだぜ」
「そーそー。負けた奴には拒否権なんてねーのさ」
帝国の支配下に置かれた、王国の城下町では――当たり前に繰り返される横暴が、今日も民を苦しめている。
昼下がりの街道にある、小さな料亭。その入り口で、一人の少女を数人の男達が包囲していた。
均整の取れたプロポーションに、栗色のセミロング。翡翠色の瞳に、程よく日に焼けた健康的な柔肌。
そして、十七歳という年齢の割には幼く――愛嬌に溢れた顔立ちと、素朴な印象を与えるそばかす。その全身を彩るように包むウェイトレスの服。
そんな彼女に対し、男達は全員が鋼鉄で固められた兵士の鎧を纏っている。さらに彼らが被る、鬼の如き双角を備えた鉄兜が、陽の光を浴びて怪しい輝きを放っていた。
武装した兵士達が丸腰の女性を囲うというのは、本来ならば極めて異質な光景であるが――この街においては、その限りではない。
駐在している帝国兵が、王国人の女性に手を出す事案など、今に始まったことではないのだ。
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