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ルーケンが殴り倒された後だというのに、恐れを知らずに正面に回る男。そんな彼を一瞥した帝国兵の一人は、兜の奥から目の前の障害を睨みつける。
「……おい、グズ野郎。見逃してやるって言ってんのに、何してやがる」
「だから! 彼女を離せって――」
「あっそう――じゃあ死ね」
ドスを利かせた声で脅しても動かない男を前に、帝国兵は苛立ちを募らせ……一振りの剣を、腰の鞘から引き抜いた。
その様子を目撃した民衆から、悲鳴が上がる。緑と青空に包まれた王国の街が、血に塗れることになると察したのだ。
帝国兵に、躊躇はない。
「おらよっ!」
「――ッ!」
彼は瞬く間に剣を上段に構えると、鉄槌の如く振り下ろすのだった。白く煌びやかな刀身が、地面を打ち砕いていく。
――だが、血は流れていない。
その地面は未だ、石畳の色のままだ。
「んなっ!?」
「なんだ、ありゃあ!?」
帝国兵達は、揃って驚嘆し――上空を見上げる。
そこには、彼らが予想だにしなかった景色があった。
「……フッ」
彼らが見上げた先には、斬られるはずだった男の姿がある。彼は斬撃を浴びる直前、帝国兵達が驚愕するほどの高さまで跳び上がっていたのだ。
人間業ではない。さらにその瞳は、度胸だけの愚か者とは違う――戦士としての凛々しさを漂わせている。
「なんなんだ、あいつはッ!?」
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