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剣を振り下ろした帝国兵は目を剥き、彼と視線を交わす。先刻とは掛け離れた雰囲気を見せる、得体の知れない相手――その存在を前に、彼は柄を握る手に汗を滲ませた。
宙を舞う男は、そうして警戒する帝国兵達に不敵な笑みを浮かべ――幾度となく空中で身体を回転させながら、地面へと降りていく。
その余裕綽々な態度が、帝国兵達の緊張をさらに煽っていた。
しかし。
「お、おい……! なんであんな奴が王国なんかにいるんだ! あんな体術、帝国の精鋭部隊の演武でも見たことないぞ!」
「わからねぇ……! まさか、王国軍が秘密裏に養成していた暗殺部隊じゃ――」
動揺を隠しきれず、帝国兵達が声を荒げた瞬間。
「ふいっち!」
事故は、起きた。
「――は?」
不遜に口元を緩めながら、優雅に空中で回転していた男は――華麗に着地するものと思いきや、頭から地面に突き刺さってしまったのだ。
石畳さえ貫通する勢いで、彼の上半身は無惨に埋没し――空気に触れている下半身だけが、ヒクヒクと痙攣していた。
一応生きてはいるようだが、抜け出してくる気配はない。過程はどうあれ今の状況を見るなら、結果的には帝国兵達の勝利と言えるだろう。
だが、彼らはあまりの事態に開いた口が塞がらず、一つの疑問に思考回路の全てを支配されてしまっていた。
結局こいつは何だったのか、と。
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