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刹那、その小さな敵影が引き抜く剣の一閃が、王国軍の兵達を血に染め上げるのだった。
――悪しき感情を噴き出すような邪気を、その身に纏って。
数で勝る帝国軍を凌駕するアイラックスの力さえ、単騎で踏み潰す絶対的な「転機」。
帝国勇者と呼ばれるその存在を前に、恐れを知らず進撃していた王国軍が、この戦で初めて歩みを止めるのだった。
アイラックスと同じ、黒曜石の色を湛える髪。強固な意志を持った眼差し。王国軍の鎧とも帝国軍の鎧とも違う、風変わりな形状を持つ漆塗りの甲冑。首に巻かれた、赤マフラー。
そして――この世界でただ一つの、細身の片刃剣。王国兵の血に染まるその刀身を見つめ、アイラックスは眉を顰めた。
「あれが『勇者の剣』と『勇者の鎧』……。数百年前に異世界から召喚され、魔王を倒し世界を救ったという勇者の装備か……。先遣隊は、あの剣が持つ殺気に触れただけで気が狂うほどのプレッシャーを浴びせられたという話だが……」
「その神器を人間同士の戦争に使うとは、なんたる冒涜……! そしてそれに恭順する、あの帝国勇者はなんという愚か者なのだ……!」
帝国勇者が纏う装備を見遣り、騎士団長は激しく憤る。強く握り締められたその拳からは、赤い雫が滴っていた。
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