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アイラックスの騎馬が、静かに戦場へ踏み込んでいく。ルークを失った王国軍の兵達は、縋るようにその姿を見守っていた。
もはや彼らにとっては、アイラックスだけが希望なのだ。
帝国勇者はルークの骸からゆっくりと己の得物を引き抜き、アイラックスと相対する。騎士団長のルークを倒したにもかかわらず、その眼には一片の驕りもない。
『チヲ……チヲヨコセ……』
しかし、その刀身から漂う禍々しい「力」は、今も帝国勇者の身体に渦巻いている。剣から響く「声」は、鍔元から血を求めるように呻いていた。
「……さすがだ。同じ剣士として、敬意を表する。改めて、私からも一騎打ちを申し出たい」
「……死ぬのが、怖くはないのか。あなたは」
そして、少年の眼にアイラックスが感嘆する瞬間――沈黙を貫いてきた帝国勇者が、初めて口を開いた。
今までの立ち回りとは裏腹に、その声色は……まるで、アイラックスを気遣うかのような色を湛えている。
「死にはしないさ。私にも、帰りを待つ娘がいる。必ず生きて、娘の許に帰る。それだけだ」
「……ここで逃げ帰れば、容易く叶う願いじゃないのか。俺は、逃げる敵まで斬るつもりはない」
「私が望むのは、平和な王国に生きる娘に会うことだ。逃げ帰った先に、その平和はない」
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