増殖

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増殖

西暦2150年ーー 「わあ、ママ! 見つかったよ! ハンバーグのレシピだ!」たかしは頬を紅潮させて母親を振り返った。 「あらあらたかしちゃん、ママのために探してくれたの?ありがとうね」 香織は愛しい息子の頭を撫でた。ディスプレイの中、緑色のマス目に紛れてハンバーグのレシピらしき文が並んでいる。たった三日で欲しい情報に辿りつけるとは。我が子の確かな成長を感じて胸が熱くなった。 褒められて嬉しそうにニヤニヤしていたたかしだが、ふと何かに気づいたように画面を見つめた。 「ねえママ、おじいちゃんから聞いたんだ。昔は、ケンサクしたらすぐに、情報が出てきたんだって。今みたいに、何のシートがあるか推測したり、忖度したり、同じような別々のシートのどこに欲しいものが載ってるか見比べたり、しなくても良かったんだって」 それは香織にとって、歴史の授業で習った出来事だ。インターネット黎明期にして全盛期。人々は検索窓に欲しいものを打ち込むだけで良かったという。 「そうね。そんな時代も、あったみたいね」 「どうして今みたいに不便になっちゃったのさ」 遠い昔に習った、興味もない歴史の話。こんな時には子供の疑問にしっかり答えてやらねばならない。せっかく勉強に興味を持ち始めたのだから。 「2018年ね。ニートもイヤだなスプレッドシート、と覚えるのよ。それまではただの表だったスプレッドシートが、突然自己増殖を始めたの。インターネットはすべてスプレッドシートに飲み込まれたわ。すべての情報を取り込んで、似たスプレッドシートがたくさん生成された。ついていない閲覧権限、微妙に違う表の形式、壊れた計算式……大変な混乱が起きたのよ。たかしちゃんもお勉強して賢くなって、スプレッドシートの増殖をいつか止めてね」 母と子は、画面の中で今も増え続けるスプレッドシートを共に見つめた。 完
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