葬送~空弔い~

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 兄は、あれほどまでに力を入れていた仕事を、あっさりとやめた。一般的な定年と同じくらいの年齢だったはずだ。弁護士という仕事の性質上、仕事を続けることも当然できたが、彼はそれをすることはなかった。 「もう年だからね、判断ミスをしてしまったら救えるものも救えないだろう? 依頼人の最善を考えるなら俺はもう引き際だ」  そう言って微笑んでいた彼の顔を思い出す。しかし、仕事人間が退職するとやることがなくなり、途方にくれるというではないか。兄も家族のため、依頼人のため、周りの人間のために駆け抜けてきた人間だった。ただ、そんな一般論と兄に重ねた人間はいなかっただろう。彼は多趣味で、当たり前の日常も楽しんでいける人だったからだ。人との関わりもけっして少なくはなかった。  だから自分も、まさか退職を皮切りにボケるとは思わなかった。余生を楽しみきるようにアクティブに活動をする、そんな姿しか想像できなかった。否、誰しもがそうであるよう、身勝手な願望を押し付けていたのだ。それは自分とて例外ではない。 「……俺の名前も、分からなくなっちゃってさ……」     
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