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《靖治》
俺は過去の経験の一部を、鮮明に覚えている。
主に、辛かったこと。深く心を抉られたこと。
過去を振り向いては思い出し、人知れず嘆いて恐怖するという、停滞した人生を送って来たがために、その一部の記憶に関しては、いつでも文章に起こせるほど深く、俺の脳に刻まれているのだ。
もし俺が誰かに生霊を飛ばしてしまうことがあったなら、この根深い記憶も、ともすると伝染し兼ねない。
◇
俺は口寄せ師の両親の息子として、東京の目黒で生まれ、英才教育と、病院付けの幼少期を過ごした。
アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、喘息を患い、毎週、複数の病院に連れて行かれた。遺伝的な要因もあるらしかった。
英才教育とは、俺の場合、『口寄せ師』になるための修行の事である。
他者に憑いた霊を払う、若しくは滅する事を専門とする『霊滅師』とは違い、口寄せ師は主に、その身に助けとなる霊を宿して力を借り、他者や自分に憑いた悪い霊を払う力を持つ。『宿す事』に秀でているのだ。
俺は霊力が弱く、霊をその身に宿す度、制御出来ずに苦しめられた。
宿した霊が生前に経験した、見たくないものを見せられ、傷みや悲しみが押し寄せ、何度も泣きじゃくった。
周りを石垣に囲まれ、石畳の庭を有し、瓦を被った古式の大きな家に帰れば、味の苦い、吐き気を催すような薬の数々を飲まされ、アレルギー性であるがために食事も制限される生活だった。
俺は白米の味を知らずに育った。乳製品や卵も食べられなかった。
そのときはそれが当たり前なのだと思っていたが、一〇年ほど経ってアレルギー症状が落ち着き、一般的な食生活を送れるようになった頃に、学校では自分一人だけが、皆とは違う環境下で生きてきたことを知り、周囲の人間から浮いたような、置いてけぼりにされたような、もやもやとした虚しさのようなものを感じた。
日本は衣食住が当たり前に行われる国だ。そこで生まれ育っただけで恵まれていると考えるべきだが、視野の狭い世界で育った俺は、自分だけが皆に遅れを取り、損をして生きているような悔しさを覚えた。
視野の狭い世界というのは、『口寄せ師』の教育課程において、他の子供と遊ぶ事は勿論、外出自体が厳密に制限されていたことで、何も知らず、ただ苦しむだけの俺が居た空間を指す。
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