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優秀な口寄せ師であったらしい両親は、俺が才覚を全く表さない事に次第に焦りを感じ、修行量は増え、俺を雁字搦めにしてしまったのだろう。
仕舞いには父親が、俺の才覚の無さを病気のせいにし、そのような病気持ちを生んだ母親が悪いと言い出し、仲たがいを始め、離婚にまで話が進んだ。ここまで夫婦の仲がこじれたことはこれまでになく、どこか異常だった。
父はこのとき、自身が口寄せ師の仕事で他県に出向いた際に払った相手の生霊をもらってしまっていたらしく、それに気付いた母は父の生霊を払おうと、二人で神殿に篭もった。
丸二日、両親は神殿から出る気配を見せず、俺はそのあいだ、母に弟子入りしていた香由良という、二〇代前半の女性に面倒を見てもらっていた。目鼻立ちの整った顔と、長く綺麗な黒髪が印象的な人だった。
三日目の朝になって、香由良が血相を変えて俺を呼んだ。
そして俺を寝室に入れると、昼までここから出てはいけないと言った。
理由を尋ねても、教えてはもらえず、普段は落ち着いた様相を見せる香由良が震える声で、『お願いです』と言ったものだから、家中に立ち込める物々しい気配といい、何か恐いことでも起きるのかと思った俺は縦に頷き、障子を閉めた。
父はこの家の防御がどうのと言って、一人北端の部屋で眠っていたので、この寝室では、母と俺が眠っていた。敷かれた俺の布団は昨日香由良が干してくれたものでふかふかだった。何故か畳んで隅に置くだけに止められていた母の布団には、まだ母の匂いが残っているような気がして、俺は母の布団に顔をうずめ、眠りに落ちた。
俺はそこで夢を見た。
部屋に母が入ってくるのだが、俺に優しく微笑んだと思うと、そのまま何も言わずに去ってしまうのだ。
母を追いかけようとしたが、障子の外には香由良が立っていて、『靖治君は、ここでじっとしていて下さい。お願いです』と、同じ台詞を言われ、目が覚めた。
外が慌しく、障子の向こうをいくつもの影が往来していた。
夢の余韻で無性に母が恋しくなった俺は、何かあったのかと、居ても立っても居られなくなり、香由良に怒られるのを承知で、障子から顔を出した。
数人の男たちが、皆胴には鎧、手には手甲、腰には怨斬刀を備え、険しい表情で廊下を行き交っていた。
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