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見知った顔の男が何人か、その集団の中に居た。
確か、祖父の屋敷へ修行に行った際、門下生として周辺警護や、手伝いをしてくれていた男たちだ。
ただごとではない何かが、ここで起こっているのはわかった。
なら、早く父と母に伝えなくては。
俺は障子を開け放ち、神殿へと、廊下を駆け出した。
「あっ!」
門下生の一人が、俺を見て声を上げた。
「いけません。部屋に入っていて下さい」
一体何が起きているのか知りたかった俺は、門下生の制止を交わし、廊下を駆ける。
右手に広がる石畳の庭からも何人かが向かって来ていた。左手には障子で仕切られた部屋がもう二つ続き、神殿は、向かって正面に見える木造の橋を渡った先の離れ家にあった。
当時の俺の歩幅では、十数メートルを走るだけでも、それなりの秒数を要した。
背後で左手の障子が開く音が聞こえ、香由良が飛び出して来たのか、
「靖治君!」
という、彼女の呼び声がして、
「香由良、何があったの?」
俺は走りつつ振り返り、尋ねた。
「鬼が出たんです! そこに近づいてはダメ!」
温厚な香由良が、怒気を含んだ、切羽詰った声で答えた。初めて聞く声色に、俺はいよいよ恐くなって、その場に凍りついたように立ち尽くした。弓道の胴着を身に纏い、黒い胸当てと黒い掛けを着用し、左手で深紅の弓を握った香由良は、楚々とした眼差しを鋭く細め、背負った矢筒に右手を回し始めた。
彼女は今、鬼と言った。
「そ、それなら、早く父さんと母さんに教えないと!」
尚更、両親に伝えなければならないと、俺は正面に向き直る。ここぞとばかりに、門下生が六人掛かりで離れ家の扉に身を押し付ける。
「いけません! 下がって!」
門下生の一人が、俺に背を向けたまま叫んだ。丸刈りの後頭部に汗が光っていた。
「どいてよ! 父さんと母さんに会いたいんだ! 僕を中に入れてよ!」
という、俺の訴えは聞き入れてもらえず、
「土御門さん! ここの結界はもう持ちません! 師匠のお子さんをどうか!」
一際ガタイの良い門下生が叫んだ次の瞬間、離れ家のドアが、爆ぜるような音と共に、観音開きに開いた。
大型の車に撥ねられでもしたかのように、門下生達は容易く吹き飛ばされてしまった。
「伏せて! 靖治君!」
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