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という、香由良の叫びと同時に、離れ家内部から何かが飛び出してきた。
ドッジボールくらいの大きさで、黒くテカテカした何かが、俺の右耳を霞めて後方へ消え、だが俺は香由良の叫びに従い、その場に頭を抱えるような姿勢で蹲った。
視野の端で一本の矢が、切っ先に点とも見て取れる小さな炎を宿し、離れ家の扉に飛んでいくのが見えた。
矢は開かれた扉の直前で静止し、炎は点から面へと広がりを見せて炎の壁となり、開け放たれた離れ家の出入り口全面を覆った。
俺はその場に尻餅をつき、動けなかった。
「この身体の生気はなかなか旨い。空腹の我が腹も久方振りに満ちるわ」
内部の神殿から、父親の声が出てきた。
炎の壁が、何かに一閃され、縦に真っ二つに割れて、離れ家の壁に燃え移る。
そして暗闇の奥から、長い刀を握った父親が姿を現した。
「そんな!」
後ろで香由良が呻いた。
およそ三日ぶりに見た父親の姿は、肌の至る所が赤黒く変色し、頬はやつれ、目元にはクマが浮かび、まるで健康さを欠いた姿だった。
「父さん! 何が起こったの?」
目の前に立っているのは紛れもなく父親であるにも拘らず、俺の声は震えた。
口寄せ師として育てられた俺の本能が、父親の何かに怯えていた。
「ほう。小僧、こやつの童か」
父親の、普段とは違う、明らかにおかしい口調の違和感は木のようなもの。俺の本能は木を見て、森も見ていた。警鐘を鳴らしていた。父親の裏に広がる深い森の存在が、恐怖となって俺を襲う。
「母さんは、どこ?」
そう問う俺の額に冷や汗が滲む。
絶対に聞きたくはない答えが存在したからだ。
「母御はそこにおるわ」
父親はそう言って、俺の後方に向けて指を差した。
俺はその方角を振り向く。
その先では香由良が蒼白な表情を浮かべており、彼女の足元に、母の白い顔が、赤黒い液体に塗れて転がっていた。
眼前の光景に、俺は呼吸を忘れた。
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