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◇
無論、記憶の全てを詳細に書き出すのは無理だ。
俺が鮮明に想起できるのは、俺が父親の腹に顔を埋め、その最期の愛情を感じたときまでである。
その後、鬼払いのために編成された口寄せ師と霊滅師の一団を引き連れて駆けつけた祖父の話によれば、父親は俺を右手で迎え入れるようにして立ったまま半狂乱に陥り、自身の中の鬼と、心で戦ううちにとうとう破れ、一度、狙いも定まらぬまま刀を振り上げたが、そこで急に脱力し、人形の如く項垂れ、刀を取り落としたらしい。
俺は、どうやら、その身で抱きしめた相手の中のものを、自身に移す力を持っていたようである。そうして移したそれを、他者から術を受けでもしない限り、逃がすこと無く、永劫、この身に抱え込んでしまうのだそうだ。
口寄せ師の技たる【結界構築】も、霊の存在を感知する【霊視】も、その身に霊を呼んで宿す【降霊】も、霊を呼んで他者に宿す【送霊】も、霊に存在を知らせて、時に呼び寄せ、時に威嚇する【気】すらも放つ事ができなかった俺は、両親が焦りを覚えるほどに、才の無い器なのかと思われたが、霊をその身に『封じ込める能力』に特化していた、ということらしい。
初めこそ、俺は自分の能力に苦しめられたが、それも時が経つにつれて薄れていった。順応性と、忍耐力が元々高く、知らず知らずのうちに、鬼を封じても自我を保つまでになっていたのだと、祖父は言った。
「お前は、過酷な定めの上を歩む事になる。どうか、許しておくれ」
と、祖父は謝り、憐情の眼差しで俺を見た。
祖父は、誰も一人では太刀打ちできない鬼を俺から解き放つより、このまま俺の中に止めることで、周囲の全員を守るという考えだった。
そうせざるを得ないのだから、仕方がないのだ。
俺は鬼を宿した人間である。今は封じ込めているとはいえ、いつそれが破れるかわからない状態では、世間の養護施設に入るといった一般的な選択肢は無かった。
俺は両親を襲った惨劇の後、しばらくのあいだ、一命を取り留めた香由良と共に祖父の家で暮らした。
父親は下半身不随で車椅子の生活となった状態で、祖父の家で介護を受けた。
父親は、抜け殻になってしまっていたからだ。
【退廃】という名の病が存在するなら、父親は最早末期のそれだろう。
目は開き、呼吸も出来て、上体を動かせはするが、その瞳は虚空の一点に止まり、まともな会話は困難だった。
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