《靖治》

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 強力な霊力を持つことで名を馳せていた父親であったが、そのような優れた才を備えた人間であっても、鬼と一対一で戦い、打ち破るのは難しい。  祖父ですら、二〇人規模の部隊を従え、数で畳み掛ける必要があったほどである。  霊を自身に封印する、という力に特化した俺だからこそ成り立ったのだと、祖父は言った。  誇る資格のある力だ、と。  だが、俺の力の発動には条件が一つあった。  霊に憑かれた人を、抱きしめる事。それが呪文詠唱と同じような役割を果たし、封印術が発動するという仕組みである。  何故そうなのかは祖父でもわからなかった。ただ、見ず知らずの人の霊を自分の中へ移すために、その都度相手を抱きしめるなど、このご時世では簡単に問題視され、特に相手が女性の場合、相手との承諾を取り付けなければ確実に警察沙汰である。だから、突発的な緊急事態には、俺の力はお世辞にも適さない。例え緊急ではなく、多少の余裕がある状況であっても、承諾すら取り付けられない可能性が高い。 『今、貴方の中に怨霊が居ます。それを貴方の中から払うために、今から俺が貴方を抱きしめます』と言われて、見ず知らずの相手が快諾などするわけがない。  霊滅師や口寄せ師の世界と無縁の世間では、霊という存在すら、空想のものと認識されているのだ。  俺はそんな気遣いと気苦労を被りつつ、使命として事を全うしなければならないと思うと、どうしようもない恐怖で、逃げ出したい衝動に駆られ、結局、部屋からほとんど出ない生活習慣が身についてしまった。  母親の、あの時の白い顔を、何度も悪夢で見た。  何度も泣いた。最近は泣かないから、枯れたのかもしれない。意識せずとも、枯渇した大地のひび割れのように、傷は深く残っていた。  祖父は、母親を失い、変わり果てた父親を見る俺の心情を汲んでくれたのか、自身の力を使命とし、積極的に世で働け、とは言わなかった。  両親が襲われた二年後の春、香由良は自身が門下生の修行と並行して通っていた防衛大学を卒業し、陸上自衛隊幹部候補生学校へ入校した。  祖父からも、晴れて一人前の霊滅師として認められ、今後は自衛隊の世界でその能力を活かす為に尽力するよう、激励されていた。 「靖治君、私は――――」  祖父の家を去るとき、香由良は、広い玄関先でお別れを言いに出た俺と同じ目線になるよう、膝を折り曲げて向き合うと、僅かに視線を落とした。
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