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俺とは住む世界が違いすぎる、勝ち組所属の人間だ。
本格的な芸能界入りはしていないにも関わらず、ツイッターのフォロワーは五万人を越え、彼らからは、真面目で芯の強い努力家だと評価されていたはずだ。
努力しただけ報われて、称賛される、雲の上の存在。
それに比べ、俺はこの暑い中、努力だけではどうしようもない理由で、マスクを着用して出歩いている。
外を歩くなら、マスクは必需品だ。
人に風邪をうつさぬための予防は勿論、冬場は保湿もできて、顔周りの暖にもなる。
そして何より、顔を隠せる。
この醜い顔を隠せて、思い出し笑いで突然ニヤついてしまっても、周囲にバレる確率を極力減らすことができるマスクは、俺の相棒だ。無くてはならないものだ。
今は夏で、保湿や暖の心配は必要ない季節だが、それでも尚、暑い中マスクを着用し、このコミケ会場を歩く。吐息で眼鏡が頻繁に曇るし、とにかく顔の毛穴という毛穴からぶわっと汗が噴出すのはなかなかに辛いが、俺はやはり、マスクを着用する。暑さよりも、レンズの曇りよりも、目の眩みよりも嫌なことがあるからだ。
先述したように、俺は顔を隠したいのだ。
懼れに呑まれて震えること無く、凛とした佇まいで、自身に向けられる数多の視線を快感として受け止め、堂々として、ひたむきにレンズへと眼差しを送る彼女は、何故そう在ることができるのか、俺は理解したくなかった。
理解できないのではない。理解したくないのだ。
彼女を理解することが、つまりは俺自身が彼女に完全敗北することを意味するからである。
遺伝による運であるとしか言いようのない面差しに高々と恵まれ、環境によっては大きく左右され得る考え方にも恵まれ、芯の強い、奢りの無い、善良なる勝者には否が無く、ただ妬ましく思う俺は何の毒づきもできない。打ち所が無いのだ。
負け犬の遠吠え。
泣こうが嘆こうが、そこまで考えた時点で、俺は結局心の奥底で彼女のステータスを理解してしまっていて、成す術なく敗北しているのである。
彼女を称賛する声、星々のようにきらめくフラッシュ群を尻目に、俺は一人肩を落とし、カメコの外周を進む。
そこで俺は、僅かにせせら笑う。
打ち所を一つだけ見つけたことに対する、黒い嬉々である。
「運に恵まれた、敗北知らずめ」
マスクの裏でそうつぶやき、俺はもう一度、彼女に視線を放つ。
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