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そこで、はっ、となった。
彼女も、こちらを見ていたのだ。
細くて形の良い眉と、凛とした眼差しからは、美青年であるかのような、格好の良い印象を受ける。
微笑まずとも、ただ、こちらに何気ない視線を向けているというだけで、彼女は美しかった。
見られたというだけで身動きが取れなくなる事象は、初めて味わう。
真っ先に浮かぶ思考は二つ。
あんな雲の上の女が、俺のような、『世間の影に履いて捨てられた錆び』に目を向けるとは!
という驚愕と、
単なる偶然だ! 自惚れも甚だしい!
という現実視。
たまたま、俺が通過した近辺のカメコに、視線のサービスをしただけだろう。
そう思いつつも、俺は彼女から目を放そうとしない。
俺は何を期待しているというのか。容姿端麗の美少女が一瞬でも、マスク姿の俺に見惚れたとでも思いたいのか。
哀れ。
そんな醜い下心を抱く己が恥ずかしく、許せない。
現実視による喪失感が増すだけだというのに。
外周を移動する俺の位置を追うように、彼女は自然な動きで身を回す。その視線は依然として、俺の居る方角へ向けられ続けている。
風が吹いて、彼女の短髪がさらさらと靡いた。
この猛暑だ。マスクをつけて外を歩く人はそう居ない。故に彼女は群衆の中、マスクを着用して逆に目立つ俺を目に止め、奇異の眼差しを向けているのだろうか。
もしそうなら、さぞかし滑稽なのであろう。理解できないのであろう。
苦労知らずめ。
俺は立ち止まってみた。
すると、彼女も、両足を肩幅に開いた姿勢で動きを止め、やはり俺の方を見つめてきた。
偶然、ではないのか。
「……?」
立ち尽くす俺の視線の先で、彼女は小さな口を引き結び、徐に両の目を閉じた。
演出か何かだろうか。
ここぞとばかりに、目を閉じた彼女をフラッシュの嵐が囲む。
彼女は徐に、右手の握り拳から人差し指と中指を揃えて立てた。
口寄せ師や霊滅師が時折見せる、『刀印』というものに酷似している。
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