《靖治》

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 だが、俺はコンプレックスをいくつも持っているせいで、それをつつかれたりすると、気にし始めて落ち着かなくなり、不安感に汚染され、まともに外で人と会ったり、会話したりすることができなかった。  自分の目標を叶える為に活動の場を広げ、考えを学び、視野を広げていく行いを、全くできなかったのだ。  会話中はよく唾を飛ばしてクラスメイトに嫌がられたり、幼少から鼻炎を煩い、鼻が詰まって口呼吸になってしまっているせいで、口臭が一際きつく、やはり嫌がられたり、呂律が悪いせいで馬鹿にされたりといった、勝者から見れば『その程度』の経験が、俺にとっては深刻な恐怖で、ひたすら怯えるうちに気がつけば社会人になり、神経質が過ぎるせいで悪循環ばかり招き、失敗まみれの仕事に耐える日々。  うだつの上がらない人生だ。  何も知らない人間どもは、この暑い中マスクをする俺に奇異の目を投げてくる。過去の苦難はいつしか、対人恐怖という名の害虫になって俺の心に寄生していたが、俺の恨みはそれすらも超越し、マスクをつけて出歩くという行為が実行される。  誰にも察されない、静かなる復讐。  誰にも把握できない、俺の無価値な自己満足。  ただ俺が自分自身を変人だとアピールしているようにしか見えないと、そのように述べる輩が居たなら、そいつは幸せものだ。俺が何故この行為に走るのか、そのいきさつを想像できなければ理解もできない平和ボケのお気楽人生しか知らない人間に興味は無い。こう言うと、数多の人間がその部類に含まれるだろうが、全くそれでいい。  俺は日向の世界から逸脱してやる。恵まれて、それが当たり前になって、自分の境遇や周りの援助に感謝の一つもしない人間共を、俺は嫌うのだ。  しばしの間、視線を足元に落としてもやもやしていた俺が、再び彼女へ視線を向けると、カラーコンタクトを外したのか、彼女の両の眼は元の黒色に戻っていた。  そしてこちらに向けて微笑を放つと、くるりと反対側を向いた。  今の一連の所作は、何だったというのか。  何故、俺の方をじっと見てきたのか。  あの紅い瞳は俺の見間違いだろうか。  髪をかきあげ、今度はメイドらしい優美なポーズを決める彼女。その後姿を見つめる俺は、またも、敗北感に苛まれた。  
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