《靖治》

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 俺はきっと、弄ばれたのだ。  敢えて観衆の一人に集中的に視線を注ぐことで、その人物が特別な幸福感に浸れるよう計らう。  自分の魅力を自覚し、自信のある者が繰り出す技だ。  反吐が出る。  精々幸福に浸かっていくがいい。  誰が、彼女のような人間が暮らす日向で生きてやるものか。  人として成長し続けられるなら、俺は苦労まみれの道を行く。  成功が約束された日向の遊歩道を前向きに歩くのと、雨雲に覆われた極寒の泥沼を這いつくばって進むのでは、忍耐の質が違う。  勝ち組共も、共感され、励まされ、尊敬され得る程度の甘い苦労で、一応成長はするだろうが、俺のような人々と同格だとは思わないことだ。  再びこちらに顔を向けた彼女に、俺はそんな思いを込めた睨みをくれてやり、くるりと背を向け、その場を後にした。  俺に対して、『それはただの妬みだ。敗者は敗者らしく、無様に這い蹲って一層努力しろ』と、上から目線で偉そうに言い下す、苦労知らずも中には居るだろう。一つだけ言い返せる。      俺は断じて、怠けているわけではない。  夏は汗を掻き易い季節だ。俺は代謝がよく、沢山の汗を掻く。その臭気は周囲の人に迷惑をかけるほどである。俺は自身の体臭が嫌で仕方が無い。いくらケアしようが、臭うものは臭う。どうしようもなく、嫌だ。気になってしまう。周りに悪い印象を抱かれるのが恐い。故に、普段は誰の側にも寄りたくないので部屋に閉じこもる。  社会に出て働き、金をもらい、自立してアパートに入居している身だ。迷惑を掛けない為に閉じこもるのであって、ニートではないのだ。怠けているという表現は当てはまらない。  そうして日々暮らす俺に彼女など居るはずもなく、人間の醜い三大欲求の一つである性欲を満たすために、俺はアニメ等の二次元世界に飛び込んだ。二次元の彼女たちは、俺を貶したり、嫌ったりしない。だから、尚更愛着が沸く。  年に二回、コミックマーケットに参加するのは、愛する二次元の嫁のためだ。そうでなければ、人の側に寄りたくない俺が、人まみれの地獄絵図たるこのイベントに参加するわけがない。  そこらを行き交うカップル共は、そういったことが恐くないのだろうか。  容姿が俺ほど酷くはないから、堂々と出歩けるのだろうか。
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