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「あれ、飲み物が無い」
アパートの狭い浴室にもすっかり慣れて僕は風呂上がりに冷蔵庫を開けると本当にこれでもかってくらい空っぽだった。
僕の買ってきたビールが二本とドアポケットにほぼ使われていないマヨネーズのみ。
隼人さんは料理をしない。
部屋の殺風景な様から自炊すらしてないなと思っていたけど。
キッチンには手持ち鍋とフライパンとケトル。そして定位置のサボテンくらいしか見当たらない。炊飯器すらないのだからもっぱら外食なのだろう。
生活力があるんだか無いんだか、時折心配になってしまう。
「ビールでも飲めば?」
パソコンとまだにらめっこしている隼人さんがぶっきら棒に僕に言う。
「えっ、僕まだ未成年ですけど」
「ドイツじゃ十四歳から飲めんじゃん、別に誰も見てねえよ」
「えっ、いいの?」
「は?別にいいよ。お前が買ってきたんだし」
「そう言うことじゃなくて」
こういう所はゆるいんだな。プシュッとビールを開けると僕はクビと音を鳴らして飲んだ。苦くてビールが好きと感じたことはないけど乾いた喉にはちょうどいい。
正直ドイツより日本メーカーのビールの方が断然美味いと思う。
「お前、ピアニストとしてちょっとした有名人だったんだな」
隼人さんはパソコンを見つめたまま持っていたシャーペンを唇に押しあてていた。どうやら癖らしい。
「げっ、隼人さん、もしかして何か見つけちゃった?」
僕は恐る恐るパソコンを覗き込んだ。
それは僕の去年のピアノリサイタル動画だった。オールバックに髪をまとめた僕が緊張を隠すように必死にピアノを叩いている。
初めて数百人を動員したリサイタルは結局緊張で力が発揮できず僕のトラウマになった出来事だった。
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