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「僕は、ひなさまのおそばから離れるつもりはありません」
「……うん。だって、そう命令したもの」
「命令されていなくても、僕から離れることはしません」
「……っ」
ますます溢れ出し止まらない涙を拭ってやった響は、窓から覗く立派な桜の木を指さした。
「綺麗、と。ほとんどの人間は桜を綺麗だと思うのだと、そうデータにあります」
ひなをお姫様抱っこした響は窓に近づき、ピンクの花の衣をまとっている美しい桜の木を彼女に見せる。
風が吹くとさわさわと枝が揺れ、桜の花びらが舞い近くまでふわりと寄ってきた。
「ふふっ、慰めてくれているの……?」
パッと咲いた花のような、可憐で美しい笑顔。
ドクンっと何かが跳ね、響はひなを抱き締めたい衝動にかられた。ああ、この気持ちはなんなのだろうか。
このひとから目を離せない。この笑顔を誰にも見せたくない。叶うことならばその唇を――。
「響、ありがとう」
「……ひなさま、どうか、教えてください」
抱きかかえる腕に、力がこもる。
「あの男性への好きと、僕への好き、は、同じ好きですか?」
驚いたように双眸を丸くしたひなが、一瞬おろおろと視線を彷徨わせた後にニコリと微笑む。
「あのひとへの好きは、キスをしたいとか、そういったものよ。あなたへの好きは、その好きではないわ。……大切なひと、の、好きかしら。だって、家族でしょう?」
――ソウ、カ。ソウナンダ。
好きは好きでも、彼女が自分へと抱く好きは家族に対するもの。
そう思うととても悲しくなり、響は天井を仰いだ。
――痛イ、痛イ。アア、ソウカ僕ハ……。
「ひなさま、愛しています」
「響……?」
「愛しています」
「ひびっ」
「愛している愛している愛してる愛してる愛してる……っ」
壊れたかのように、何度も何度も。
彼女は気味悪がって捨てるだろうか。そんなふうに思うのに止められなくて、響はいまにも泣き出してしまいそうな切なげで苦しそうな笑顔を浮かべた。
「響……」
ぎゅううっと、抱き返される。
そのぬくもりは初めて会った日に包まれたあのあたたかさで、響は透明な涙を流した。
――アア、ヒナサマ。僕ハアナタノコトガ……。
「僕を、愛して……」
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