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「ねえ、響……桜を、桜を見にいきたいの」
しわくちゃな手、しわくちゃな顔。
人間はアンドロイドとは違って老いてしまう。そう、老いてしまうのだ。
そしてアンドロイドは人間とは違って、劣化する。
あれから何十年時が経ったのか、もう、わからない。
けれど二人はお互い決して離れず、離すことなく過ごしていた。
だがもう、きっとそれは――。
「はい、ひなさま」
ギギギギギギっと不自然な音がするのはボディーパーツが限界を迎えているからで、いや、もう、壊れていないのがおかしいくらいで、響は思うように動かない身体を必死に動かしてひなを抱きかかえた。
酸素ボンベが外れ、ひなが苦しそうに顔を歪める。だが、響は構わず屋敷から見えるあの桜の木のもとへと向かった。
「ああ、綺麗、綺麗ね、響……」
にっこりと、嬉しそうに。
「ねえ、響……」
――アア、ヒナサマ、ヒナサマ、ヒナサマ。
介護は必要じゃないといっていた彼女は、いまでは介護がないと生きていけない状態で。
桜を見にいきたいといった彼女はもう、目の前に迫りくる死から逃れられない状態で。
「響、ありがとう。最期まで私のそばにいてくれて、ありがとう」
そういって笑うひなの呼吸が、薄れていく。
腕の中で、ゆっくり、ゆっくりと。大きな瞳は昔と変わらず綺麗で、そんな瞳から零れ落ちる涙はなによりも美しくて。
「ひび、き……」
「ひな、さま……」
「死ぬときは……ね、この桜の木のもとでが、よかったの。ねえ、覚えているかしら……?」
夜風に乗ってひらりと落ちる桜の花びらが、ゆらり、ゆらり。
天から注がれる光のようにひなの上を美しく舞い、まるでおいで、おいでといっているかのようだ。
「響が、愛してるっていってくれたこと。愛してって、言ったこと」
震える唇から放たれる声はとても弱々しくて、響は痛くてしょうがない胸に叫びだしそうになった。
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