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「あのときの私は、あなたには家族としての愛情しかなくて……」
ひゅー、ひゅー、と漏れる呼吸音に、ひなの寿命があともう少しで尽きてしまうんだとわかり、響は苦し気に顔を歪める。
彼は人間の体温を感じる自分の身体を、疎ましく思った。
愛しい愛しいこのぬくもりが、消えていってしまう。手繰り寄せるように、ぎゅっと抱き締め下唇を噛む姿は人間そのもので、響は震えるひなの手に両頬を包まれた。
「ねえ、響。このお婆さんにキスをしてくれないかしら」
「……っ」
――アア、嗚呼、ドウシテ、ドウシテ。
キスしたいの、愛しているは――。
ひなさま、僕はあなたにたくさんのことを教えてもらいました。
あなたに感性を与えられた僕は、もともとプログラムされていたものとは違う「喜び」を「自由」を「楽しさ」を。
それから、「苦しさ」を「嫉妬」を「淋しさ」を。
そして「陶酔」を「高揚」を「恋」を「愛おしさ」を――。
これらはきっと、アンドロイドである僕が本来持つことのなかったもので、プログラムで制御されていたもので、とくにあなたから「好き」を向けられていたあの人間に対する「羨ましさ」は絶対にあってはならないもので。
――僕ハ、醜イ創造物ダ。ソレナノニ、アナタハ僕ヲ愛シテクレタノデスカ。
そっと重ねた唇はとてもやわらかく、あたたかく、そして優しくて。
ありがとう。そんな笑顔を浮かべたひなが、ふっと瞼を下ろし呼吸を止めた。
「いや、だ。ひなさま、いやだ」
いかないで、いかないで。これではあなたのそばに居続けることができない。
約束、約束を――。
「ぁ"あ"……――――っ!」
言葉にならない声を出して、見えない涙を流して、ギギ、ギギギっと軋む自分の身体なんか構わずに、ずっと、ずっと、響は叫び続ける。
だが彼は目の前に射したキラキラと輝く清らかな光にあっと目を瞠り、そしてすべてを思いだした。
――ソウダ、僕ハ……アア、ヒナサマ……。
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