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痛い、という感覚は知っている。
力加減は、触れ方は。自分が痛みを感じることによって学べるようにと、安全性の向上のため備えられたもので、しかし、この胸のあたりがちくちくするようなものの痛みは特にプログラムされてはおらず、だから返事がこなくて、響は“知らない感覚だ”と記憶媒体に保存した。
それからというもの、響にはその知らない感覚が増えていく。
たとえば、彼女が夜うなされ「お父さん、お母さん」と泣いているとき、首を絞められていないのに首を絞められているかのような苦しさを感じたり、ひとと話せなくなった彼女が悪く言われると、その相手に痛みを与えたくなってしまったり。
――故障シテイルノカナ。デモ、ソウダトワカッタラ捨テラレテシマウカモシレナイ。
「ひなさま、お着替えの手伝いを」
「ふふっ、なんだか執事みたいよね。お洋服を用意してくれたり、家事をしてくれたり」
「ご迷惑でしたか?」
「いいえ、とても楽だし感謝してるわ。でも、あなたにばかりやらせてしまっているから申し訳なくて……」
しょんぼりと肩を落とすひなの気持ちを、響は理解することができない。
主人の身の回りの世話をすることに存在価値を見いだす創造物である介護用アンドロイドであるから、こうしてお世話させてもらえることは幸せなことであり、だからこそ彼女の気持ちを理解することができなかったのだ。
「……僕は、お役に立ててますか?」
「当然よ! もう、大助かりだしあなたがいてくれてよかったと思っているわ。だけどね、家族であるあなたを酷使しているような気がしてしまって……」
「それならば問題ありません。僕はひなさまのお役に立てているということに、幸せを感じるのですから。……僕は、そういうモノなのですよ、ひなさま」
突然ぎゅっと抱きついてきた彼女の肩が震えており、響は無表情ながらおろおろとしてしまった。
「ひなさま……?」
「ごめんね、響」
この謝罪は、何に対してなのだろうか。
理解不能になると停止してしまうのは、彼が膨大なデータの中からこれはいったいどういう心境で言ってきているのだろうかと探しているからであり、それがわかっているひなは口を開いた。
「気にしないで、響。人間の感情は複雑なのよ」
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