第三章 夫の疑惑

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その日、俺は遅番で。 アヤもバイトの日だったから、同じくらいの時間に家を出る事になっていた。 アヤがバイトを始めてからは、たまにこういう事がある。 いつもは朝ごはんを用意して一緒にのんびりと食べてから見送ってくれるのだけど、アヤも家を出る日はそうもいかなくて。 俺よりも早く食事を終えた彼女は、片付けてすぐに化粧を始めていた。 いつもテーブルに鏡とメイク道具を持ってきて、そこで化粧をするアヤ。 食事をしながらなんとなくそれを眺めていたんだけど、ふとある事に気が付いた。 「あれ、なんか…雰囲気変わった?」 どこがどう変わったのかは分からない。 ただ、何と言うか…雰囲気が華やかになったような感じがした。 「え?そうかな?」 少し照れたように、嬉しそうにとぼけるアヤに違和感がある。 いつもならどこがどう変わったのか、髪を切ったとか、メイクを変えたとか、すぐに教えてくれるのに。 言われても俺にはよく分からないけど、それを聞くのは嫌いじゃなかった。 アヤが嬉しそうに話すから。 でも今回に限って、アヤはそれ以上話そうとしない。 そのまま会話を打ち切ると、唇に何かを塗り始めた。 嬉しそうに、丁寧に。 それが妙に色っぽくて、モヤッとする。 そんな風にお洒落して、誰に会おうとしてるんだろう? 「今日、誰かに会うの?いつもよりお洒落してない?」 耐えきれなくて、聞いてはみたけど。 「え?仕事に行くだけだよ?接客業だし、きちんとしていかなくちゃね」 私は、寝癖のままでお客さんの前に立ったりしませんから。 にっこりと笑って言うアヤは可愛くなっていた。 働き始める前よりも、確実に。 それは、どうして? 誰のために、可愛くなったの? 『人妻が働くのは、不倫デートの費用が欲しいからなんですよ!』 脳裏に岡本さんの言葉が蘇って、まさか、とそれを否定する。 でも否定しても否定しても、その言葉が追いかけてくるようで。 俺は、アヤの不倫を疑っている。 その事実を、認めざるを得なかった。
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