第三章 夫の疑惑

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何故か、嫌なことは重なるもので。 「あ、そういえば…来週末、出張になったから」 数日後、俺はアヤにそう告げる事になった。 正直に言えば、行きたくなんかない。 慣れない場所で、慣れない人たちに囲まれての仕事なんて、気を使って疲れるだけだ。 更に言うなら、今回俺が指名されたのは絶対に采配ミスだと思うのだ。 出張先は新しくオープンする系列店舗、そのオープニングセールの助っ人を頼まれた。 通うには遠いから、泊まり込みでの二泊三日。 俺だって会社員としての自覚があるから、それが必要なら文句なんか言わないけれど。 今は冬、テニス的にはシーズンオフだ。 こんなクソ寒い中、テニスを新たに始めようとする人はほとんどいない。 だから当然、テニス用品も売れない。 いくらガットの張替えを無料ですると言ったって、『安いから』という理由でむやみやたらと張替えるようなものでもない。 つまりだ。 俺がテニス用品の応援に行ったところで、きっと新店舗の不慣れなスタッフでも回せる程度しか客は来ないだろう。 そして回せる人数であるなら、慣れるためにも向こうのスタッフが対応した方が良いに決まってるのだ。 じゃあ、その新店舗で俺はどうするのか? 慣れないウィンタースポーツの応援に入るか、安売り目玉商品の補充をするか…きっと良いように使われるだけだろう。 ああ、面倒くさい。 今はアヤとの時間を出来るだけ多くとりたいというのに。 「今度、新しい店がオープンするんだよ。で、オープニングセールだけ手伝いに行けって言われてさ」 珍しく不満げなアヤに答える自分の声が、イラついているのが分かった。
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