第三章 夫の疑惑

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「でも、今までは出張なんてなかったのに…」 アヤの言葉に大きく頷く。 そんな遠くに系列店舗が出来るなんて、入社した時は考えもしなかった。 「本当だよな。ちゃんと人を集めろって!」 店舗を拡大するのはいい。 でもせめて、スタッフくらいはしっかり現地で調達してくれ。 アヤを残して行きたくないのと、理不尽な采配とが重なって、思わずアヤに愚痴ってしまう。 それがダメな訳ではないけれど、メシがまずくなるのは確実だから。 俺は気を紛らわせるように餃子を頬張った。 うん、美味い。 アヤの料理も美味いけれど、冷凍やジャンクには手料理にはない美味さがあるよね。 「それ、行くのって勇二さんじゃなきゃダメなの?」 それな!! きっと俺じゃなきゃダメじゃない。 むしろ俺じゃない方が絶対良い! 田所くんとかサイコーだと思う。 独り身で身軽だし、女性客取り込めそうだし。 でも、そう思っても覆らない本部の命令が悩ましい。 「う~ん…既存店の中ではウチが一番近いんだよなぁ。で、ガットの張替えは俺が一番慣れててさぁ」 仕方がないから、俺は本部の要望をそのまま口にした。 滲み出るイライラをなんとか餃子で封印しようと試みているが、出来ているだろうか? アヤは妙に敏感で、でも思い込みが激しい所もあったりするから。 この仕事に対するイライラが、アヤに対するものだと勘違いしないとも限らない。 顔ではソウタくんに勝てないかもしれないけど。 男は顔じゃない!懐の広さだ!…と思う、多分。 そう信じて、俺はアヤをそっと見る。 何かを考えている様子の彼女、その頭の中を覗き見ることが出来れば良いのに、と思った。
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