440人が本棚に入れています
本棚に追加
「お疲れ様でーす。…って、稲葉さん?出張は?」
休憩室で、そろそろコーヒーを飲み終えようかという頃に、菊池さんが入ってきた。
「客がいなくてさ、帰された」
「まじ?おつでーす」
笑いながら、ユニフォームの上着を脱ぐ彼女。
どうやら今日はもうあがりらしい。
休憩室の隅にある着替え用カーテンを引くと、その向こう側に入っていった。
「そういえば、稲葉さん大丈夫?」
「は?何が」
「ラブラブな奥さん、イケメンに取られそうなんでしょ?」
ぶはっ!!
さらりと言われた言葉に、最後のコーヒーが喉に詰まる。
とりあえず最後で良かった。じゃなきゃ思いっきり逆噴射するところだった。
「なんで知ってんの!?」
「んー?岡本さんに言っちゃだめだよねー。もう皆知ってんじゃない?」
お、おかもとぉぉぉぉぉぉ!!!!
まさか人の家庭の事情を、軽々しく口にはしないだろう。
そう思って相談していた俺が馬鹿だった。
そういえば、篠田さんが不倫デートの為に働いている、なんて話もあっさりと口にしていたっけ。
そんな事も忘れて、簡単に話した俺が悪い。
いや、それでも話さずにいられない程、追いつめられていたのかもしれない。
あまりの事に言葉を失っている俺を見て、カーテンを開けた菊池さんがケタケタと笑った。
「何?そんなにイケメンなの?奥さんの不倫相手」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないけどね」
「でも、そのイケメンと一緒に働いてんのは事実なんでしょ?」
「う…まぁ…」
「だから言ったじゃん。いつか愛想尽かされるよって」
「………」
「稲葉さんもさ、やればそれなりになるハズなんだけどなー」
そう言って、菊池さんが俺の顔を覗き込む。
それはいつかの寝癖事件以来の近さで、少しだけ俺の腰は引けていたのだが。
俺を見る菊池さんの目は、真剣そのものだった。
「イケメンにしてあげよっか?」
「え?」
「イケメン嫌いな女はいないよ?少しはカッコよくしてさ、奥さん喜ばせてあげれば?」
寝癖の時、痛い思いをさせちゃったお詫びにやってあげる。
そう言ってニヤリと笑う菊池さんを、初めてカッコイイと思った。
最初のコメントを投稿しよう!