第四章 神の降りる島へ

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 夜九時をまわると、祖母は疲れたと言って、居間の奥にある自室に早々に引き上げ、宇宙も課題があるとまたもや自室にこもる。  居間に薫と瑛太だけになると、瑛太がおもむろにリュックから出した本を積み始める。出てきたのは例の神話関係の本だった。 「ここを見て」  瑛太はなぜか声を潜めている。  彼が開いたのは古事記の解説本だった。指差した箇所を覗き込む。 「実は、古事記には月讀命の記述がほとんど無いんだ。出てくるのは伊邪那岐命の禊による誕生の場面と、『夜の食国(おすくに)を知らせ』――夜の国を治めよと命じられた場面だけ。後の活躍はない。存在感が薄いんだ」 「夜の国……ってことは、やっぱりカミサマは月讀命なの?」 「気になるのは、こっち。日本書紀ではもうちょっと登場が多いんだけど――ここ」  瑛太は断言せず、次に日本書紀の解説本を取り出した。本にはいつの間にか伏線が大量に張ってあるが、薫が風呂に入っている間にでも読んだのだろうか。 「『食物起源神話』?」 「ここを見ると、天照大神との因縁がわかるんだ。神産みの第十一の一書。保食神(うけもち)との話だけど―― 『天照大神はツクヨミに、葦原中国にいるウケモチという神を見てくるよう命じた。ツクヨミがウケモチの所へ行くと、ウケモチは、口から米飯、魚、毛皮の動物を出し、それらでツクヨミをもてなした。ツクヨミは汚らわしいと怒り、ウケモチを斬ってしまった。それを聞いたアマテラスは怒り、もうツクヨミとは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになったのである。 アマテラスがウケモチの所に天熊人(あめのくまひと)を遣すと、ウケモチは死んでいた。保食神の亡骸の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれた。アメノクマヒトがこれらを全て持ち帰ると、アマテラスは喜び、民が生きてゆくために必要な食物だとしてこれらを田畑の種とした。』 ――これさ、なんか聞いたことないか?」  食べ物の起源の話――薫は思い出す。このような荒ぶる神の話をどこかで聞いたことがあった。
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