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記憶がフラッシュバックしていた。
白銀の彼方。色彩の無い嵐の果てで、二つの影が交差する瞬間を見つめていた。
悴み、痛む手も。緩んだ足裏の感覚も。イヤーマフを忘れ悪化する寒冷頭痛も忘れ、俺は走り出していた。
突風が傘を上空へと吸い込んでいく。視界は白く朧げで、進む程に頬に氷塊が張り付いていく。その間は全ての時がゆっくりと動いていた。
背筋に冷たい何かが走る。それは気温のせいではない。
どうして。
……どうして俺はあの時、二人の側から離れていたのか。
ブラインドを勢いよく開けた音がして、俺は我に返った。
十五階の窓から、眼下へ雪が降り積もっていくのが見えた。同僚たちが仕事を中断し、近くの窓に屯してそれらを見物している。俺もそれに倣い、自身の真後ろの窓を覗き込んでいるところだった。
普段は灰色と蛍光色で埋め尽くされている都心部が、その闇を隠すように白く染まっている。
「山崎さん、お待ちかねのメールが来てますよ」
前方の島に座る部下に話しかけられ、振り返る。
ディスプレイを確認すると、人事部から社員オールでメールが来ていた。
件名は、『積雪のため帰宅推奨(1月24日)』。別の部下が苦笑しながら呟く。
「本降りになってからようやく通達なんて、遅過ぎですよねえ。今頃駅は大混雑ですよ。……部長が声を掛けてくれないと出にくいですから、一発お願いします」
「……ああ、そうか。誰か仕事が残ってる人はいるか? 明日に回せるものは明日でいいから、上がれる人から上がってくれ」
そう周囲に言うと、皆待ってましたとばかりに帰宅の準備を始める。周到なことだ、皆こうなることを予測し切りのいいところで業務を切り上げていたのだろう。今朝のテレビのニュースも、煙草部屋での話題も、豪雪の注意喚起が大半を占めていた。
厚手のダウンに手袋と、完全防備を決め込んだ部下が声を掛けてくる。
「山崎さんは帰らないんですか?」
「お前らが出てから出るよ」
「またあ。約束ですよ。仕事人間なんだから」
お先です、と言いながら部下たちは笑顔で帰っていった。
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