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温度計は氷点下であることを指し示す、肺に刺さる冷気が辺の水分を白い結晶へと変質させる。
一人の男が、木造の建物を見ながら一つ長い息を吐いた。
呼気が濃い水蒸気となり中々消えないのをみると、どれだけ冷え込んでいるのかが窺えた。
見るだけで特に思うところが無かったのだろう、足早に建物の中へ入っていく。もしかしたら寒いので男の足を早めただけかもしれない。
周りには吹雪いてはいないもののしんしんと雪が降り積もり、建物から木造を覗かせるのは一部の壁と窓枠ぐらいなものである。
中へ入ると木の匂いが鼻孔を刺す。
建物自体は清潔にしてはいるが年季のある歴史的な作りなので、何かしらの方法を使って新鮮な木の香りを演出しているのだろう。
照明はいまだに白熱球を使っているようで、低い天井のあちこちに逆さ吊りになった白熱球を入れる照明器具がぶら下がっている。
「いらっしゃいませ!」
元気良く入り口から見えるカウンターの奥の暖簾から女の子が飛び出してきた。
歳は14ほどだろう。
肩を過ぎる程度の黒い髪を後ろで縛り、元気さの割にとても清潔感のある身なりをしている。
愛嬌のある笑顔を男に向けて、カウンターの裏から名簿を取り出した。
「可愛いお嬢さんだね。なに? ここのお手伝い?」
男は目が隠れるように整えられた茶色の髪をかきあげ、身体のあちこちに着いた雪を払ってカウンター越しに顔を乗り出す。
顎に黒い髭を蓄え、煙草がよく似合いそうな風貌だ。
男から漂う煙草の臭いに、一瞬女の子の笑顔がひきつるが、直ぐに元に戻った。
「あ……そう、です。ここのオーナーの娘です!」
「へぇ……。あ、俺は丸井 太郎丸。名簿にあるだろ?」
名簿を見ながら女の子が困ったような顔をしたので男が自ら名乗った。
名簿へ何かを書き込むと左手を横に出した。
「ありがとうございます! もう皆様集まられてますよ。……偽名ですか?」
「いんや。本名だ」
男はそれだけ言うと、懐から煙草を取り出した。
「あの……禁煙、ですよ?」
女の子はあちこちに貼られた“館内では禁煙!!”の張り紙の一つを指している。
頭を下げた丸井は再び懐へ煙草を戻して、皆が待っているであろう会場へと足を進めた。
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