最果ての夜

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「そう言えば昔、別れるって言ったら殺すって言ったっけ」  胸の蕾を甘噛みした音生の歯列の隙間から言葉が零れ出るたびに、雪は身を捩り堪える。 「はっ……あぁっ……しゃべ、るな……」 「どうする? 殺してあげようか?」 「な、にを……言って……」 「それとも、先生が殺す? 良いよ、殺しても。先生になら殺されても良い」  雪は聞き覚えのある科白に僅かに眸を開けた。  音生は下肢へと手を伸ばし、その手の感触に雪は背を撓らせ短く呻く。  雪はその大きな掌に包まれた自分の怒張を必死に堪えながら、伸ばしかけた手を取られて、導かれるままに音生の心臓辺りに手を置いた。 「またあん時みたいに、赤いハートを俺に描いてよ、先生」 「赤い……ハート……?」  記憶の中にリフレインする音生の声が聞こえる。  何これ、心臓?  あははっ、くすぐったいよ、先生――――。  白い滑らかな肌に、素手に付けた赤い絵の具でハートを描く。  カランコエの花の様な美しい君の気持ちが、いつでもそこにあると分かる様に。  視界いっぱいに赤が滲んで見えたのは、幸せ過ぎて潤んだ眸のせいだ。 「君の気持ちが……いつでもこんな風に、見えれば良いのにな……」  思い出した科白を口にした途端、涙が溢れて来た。  好きで好きで好きで、どうしようもなく好きで。  あぁ、どうやら脳は覚えていなくとも、心が忘れさせてはくれない。  倒錯的に歪んだ、みっともない程の恋情が胸の内で息を吹き返す。  嫉妬も孤独も焦燥も全て混ぜ返す様な吹雪の中、全てを捨てて自分を愛してくれる青年を愛さずにいられる方がどうかしている。 「私も、君以外は愛せないみたいだ」  それが例え、朝の来ない最果ての夜の様な恋だとしても――――。  
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