最果ての夜

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 ――――殺して良いよ、先生。  あれは誰だった?  顔の見えない男。自分を先生と呼ぶその男はその後どうなった?  あのカランコエの花の様な真っ赤な残像が脳裏に浮かんで、考え始めたら耐え難い頭痛に襲われて、冷えた身体がガタガタと震えだす。  ふと、ギィっと言う鈍い錆びついた音に肩が跳ねた。  振り返ると鬱々とした顔で音生が立っている。 「あーあ、見つかっちゃった」 「音……生……」 「やっぱ、携帯にロック掛けとけば良かった」 「……これはどう言う事なんだ? き、君の目的は何だ?」 「止めてよ、被害者面すんの。悪いのは、先生でしょ?」 「ど……どう言う意味だ……? 私は君に何かしたのか? もしそうなら、謝る。君はこんな所にいてはいけない人間なんだろう?」 「またそうやって、俺の気持ちとか全部無視するっ! どんなに好きだって言っても、先生だけだって言っても、先生は全く信じないじゃないかっ!」 「……好き……って?」 「もう好きでいる事が苦しいから忘れたいって、別れるって……あの日、先生からメール貰って、俺は慌てて先生の所に行った」  音生は生放送に出演する為の控室で、そのメールを見てスタジオを飛び出した。  そう言った音生に雪は「何故?」と呆然と問う。 「俺は先生が一番大事だって証明するためだよ。でも途中、天気が悪くなって先生は足を滑らせてしまって……多分その時に、どこかぶつけたんだと思う」 「それで記憶が……?」 「でも忘れたいって言ってたから、それで良いのかもって思った。ここで二人でこうして静かに暮らせたら、きっといつかまた俺の事好きになるかもって……」 「音……生……」 「俺にはっ! 何万人のファンがいたって、先生がいなきゃ意味がない! なのに先生は、男の恋人がいると俺の弊害になるとか言って、すぐ離れて行こうとする! だから、全部捨てて証明したかった……のに!」  音生は瞼を真っ赤に腫らして、ボロボロと涙を零しながら吐き捨てる様にそう叫んだ。 「でも、本当に忘れられちゃった……」  震える唇で独り言のようにそう付け加える。
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