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また夢を見ていた。
古びたソファの上に押し倒されている自分を、遠くから見ている自分がいる。
だからこれは夢だ、と分かった。
――――それか、先生が殺す? 良いよ、殺しても。
自分を先生と呼んだ男の顔はやはり見えない。
ただ、その男に手を伸ばした後、視界に残ったのはカランコエの花の様な鮮明な赤だった。
「雪さんっ? 雪さんっ! 雪さんってばっ!」
「っ! はぁ……はぁ……あっ、げほげほっ……」
「……大丈夫? 凄い魘されてたけど」
酷く気分が重たい。
生理的な涙がボロボロと溢れ出て、布団の中は暖かいはずなのに体が勝手に震えてしまう。
「す……すまない……」
「あぁ、良いよ。寝てて、お水持って来るから」
暖炉の前のソファで寝ていたはずの音生は、肩から毛布を引っ掛けてパタパタとキッチンの方へと走って行く。
あの生々しい程の赤が、瞼の裏にまだ残っていた。
もしかして自分は殺人でも犯してここに死にに来たのではないかと思い当たり、また悪寒が走る。
「はい、お水……」
「……ありがとう」
「怖い夢でも見てたの? 何か、呻いてたけど……」
「いや……」
雪は今ここで音生にその夢の話をするのも怖かった。
まだ一晩しか経ってないが、今この世界で唯一自分と繋がっている結城音生に見捨てられたら、と思うと言い様のない寂寞が込み上げて来る。
この吹雪が止んでロッジの扉を開けたら、本当はもうどこにも戻る場所など無いのかも知れない。
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