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あの時、彼は最後になんと言って立ち去っただろうか・・・?
「・・・もう、10年になるか・・・?」
男が、口を開いた。
マフラーの隙間から、大きな火傷痕をチラリと見せ、だらしなく口角を持ち上げられると、途端に、血が逆流しそうなくらいの緊張で、心臓が早鐘を打ち始めた。
「・・・本当だったら、今頃まだ塀の中かも知れんなぁ」
────ピーッ!!
服の乾燥が終わった。
僕は、静かに立ち上がって、洗濯槽の扉を開けた。
今日の午後、工場視察用の作業服に、後輩の社員に零されたトマトジュースの汚れは、綺麗に落ちていた
──なお、犯人は未だ逃走中と見て、警察は周辺住民に警戒を呼びかけています。───
服を畳む間も、ラジオは喋り続けている。
「明日も仕事だからな、乾かないと困るんだよ・・・」
コートを脱いだ男が不気味な笑みを浮かべる後ろで、洗濯槽の中の黒いズボンとジャンパーが、真っ赤な水の中を泳いでいる。
「なぁ・・・煙草、持ってるか?」
背筋が凍りそうだった。
僕は、すかさず無言で、開けたばかりの煙草の箱と、ライターを差し出した。
「ありがとよ」
あぁ、そうだった・・・
これで僕は、煙草を止めたんだ・・・
「・・・何も、見てませんから」
僕は、過去に男が口にした言葉を最後に、コインランドリーをあとにした。
外にはまだ、雪が舞っている。
終
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