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「あの……。寒くないんですか?」
残業ですっかり遅くなり、最終バスの時間になってしまった。
田舎町の夜のバス停には殆ど人がいない。真冬の夜ともなると誰も出歩かず、町はひっそりと静まり返っている。
しかし、今日は珍しくバス停に先客が居た。
真っ白なコートとマフラーに身を包み、色素の薄い柔らかそうなまっすぐな髪を結うことなくおろし、白い肌とは対照的に艶のある赤い唇をした睫毛の長い、美しいという表現がぴったりな女性。
先ほどから降り始めた雪が妙に彼女に似合い、どこか現実離れしていて、まるで異世界に迷い込んだかのような気分に捕らわれる。
一点を除いては。
「……何か用?」
あまりにも僕が彼女を凝視し過ぎた為か、彼女の方から話かけてきた。その目は鋭く僕を見つめ、しかしどこか違うところを見ているようでもある。
「あの……寒くないんですか?」
僕は先ほどから気になっていた彼女が手にしているものを指差した。
「こんな雪の中でアイスを食べてるから気になっちゃって……」
そう僕が言うと、彼女は興味なさそうに視線を戻し、
「何言ってるの?寒いに決まってるじゃない」
「ですよね……はは」
そして、またアイスを食べ始めた。
それ以上会話が続くことはなかった。
それが僕と笠原雫との出会いだった。
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