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 麻木はというと、確かに国家公務員の中では高給とされている裁判官だが、それはやはりある程度の年数になってからのものなので、新人の今は一般企業のサラリーマンとそう変わらないのだった。だから服も持ち物も値を張るものを身につけているわけではないし、比較的地味だと思う。もちろん同業種でも着飾り、高級品を持つ者はいるので人によりけりなのだが。  実家も裕福だったわけではないので、こういう層の人間たちと接することになった時、色々と気おくれする。飲み会費も折半なのだろうけど、高額そうだから憂鬱だ。皆がタクシーで帰ろうとしても電車で一人帰ってこよう。そんなことを考えながら店に入ると、そこには二十人近くもの男女が揃っていたので驚いた。 「麻木くん、今東京地裁で裁判官やってるんだって?」 「凄いじゃないか。もう法廷に出てるんだろ?」 「うちもたまに刑事事件やるから話聞かせてよ」  会には遅刻したのでとっくに皆飲んでいたが、麻木は窓際に面した大きなソファ席に案内されると、まだドリンクも届いていない状態で質問攻めに遭った。  こちらが訊くまでもなく、彼らのほとんどが弁護士や司法書士、行政書士、税理士などの職に就いていると教えてくれ、裁判に有利な情報が訊きたくて仕様がないといった様相だった。  といっても、まだ法廷に出たばかりの麻木が彼らに裁判に勝つための秘訣など語れるはずもなく、軽快なトークで流す話術もなく、誤魔化し笑いで乗り切れる愛想もない。  そんな麻木に皆が飽きるのは早く、十分もしないうちに周囲から人が消えていた。別の席が盛り上がっていて、皆そちらに行ってしまった。
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