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刑事部に来て初めて法廷に出られた。
それが嬉しくてたまらないのに、誰も気づくことはない。
顔に出ていないので無理もない。自分でも無表情だと知っている。だから『全然緊張してないみたいだね』と村山に感心されたのは当然だと思う。
しかし終わった途端、緊張が切れて脱力した。そのまま足元から崩れ落ちなかったのが不思議なくらいだった。
そんな状態を気づいてもらえるはずもなく、執務室に戻るなり金谷が、
「麻木くん、これまとめといてくれる?」
と終わったばかりの公判の資料をどかどかと手渡してきた。
よろめきそうになりながら自分のデスクに持って行こうと歩を進めていると、ぐらついてしまった。
あ、落とす。
思った時には両手いっぱいのファイルが軽くなり、腹のあたりに支えがきて、何も落とさずに済んだことに気づいた。
「こういう時は一人でやろうとするな。誰かと分担しろ」
命令口調が自分の背丈より高い位置から降ってくる。ファイルを半分取り、転びそうになった身体を腕で支えてくれたのだとわかった。
見上げるととても近い位置に八奈見がいて、心臓が跳ねた。
いつも素っ気ない、怖いくらいの態度で近寄りがたいのに、さりげなく優しいのが嫌だ。好かれようとしてそれをしていないのでもっと困る。早く気持ちを消し去りたいのに。
「すみません。気をつけます」
自分を助けてくれたのではなく、ファイルを落とされたくないからしたのだ。そう思い込む。そうしないと割り切れない。
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