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「ザトウクジラの歌は進化していくんだ。どんどん変わっていく。去年の歌は、もう今年は歌わないんだって。二度と同じ旋律はあらわれないんだよ。なんかすごいよな、そういうの。しかも三千キロ離れたところまで届くんだぜ。クジラの世界はどれだけ広いんだろう……人間よりすげえって。おれらなんて、ここから三千キロもいったらもうよその国だろ? 国境なんてなくてさ、クジラの世界はずっとつながっているんだ」
そういう航の声が泡のように消えていった。
「ザトウクジラたちは、なんのために歌うんだろう?」
閉じていた目を開く。あたりは見なれた放送室のままだった。胸がまだ大きく高鳴っていた。『ザトウクジラの唄』、あとでちゃんとCDを聞いてみよう。
「歌の意味は? なにを歌ってるのかな?」
興奮して矢継ぎばやに質問するぼくに、航はそっと息をついた。
「おれたちにはきっと理解できねえし、意味なんかわからなくても、なんかスゲーってことが大事だ。それに歌なんて歌いたいときに歌うもんだろ?」
そう言いおえて満足したのか、航は「ぼちぼち今日のオツトメはじめますかー」とコブシを突きあげて伸びをした。んー、とマヌケな声を出す。
昼休みの放送、開始時間はもうとっくに過ぎていた。だけどぼくはいつまでもボーとしてしまって、フワフワと海のなかを漂っている気分だった。いつか水族館で見たクラゲの光を思い出していた。深く果てのない青。クジラの歌が光の波紋となって、海のなかをどこまでも伝わっていく――。
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