11人が本棚に入れています
本棚に追加
今年の夏はちょっと気が早い。七月、梅雨はまだ明けたとも聞いていないのに、連日の猛暑。セミはガンガン鳴きたてるし、朝から気温はぐんぐん急上昇。そこかしこでみんなのカラフルな下敷きが舞い、教室のぬるい空気をかきまぜていた。まあ、そんな景色も悪くはない。暑い方が夏って感じがするし、受験を控えてピリピリしはじめた三年の先輩とちがって、ぼくらはノンキな中学二年生なわけで、夏の気配にソワソワするのが仕事のようなものなんだから。
大野が出席を取りはじめたスキに、サワさんの背中をちょんと突く。真っ白な半袖のブラウスにはシワひとつなくて、触れるのをすこしためらった。サワさんが「え?」と振りかえる。
「ごめんね。なんかいっつも朝、あいつが席とっちゃってさ」
隣のクラスの奥田航介(おくだこうすけ)は、ああして毎朝やってくる。ぼくのまえの席、サワさんの席にどっかり居座って、漫画の週刊誌をまわし読みしたり、昨日見たテレビの話題で盛り上がったりする。大野の「サワが困ってるだろう」て言葉が気になった。航が席を占拠している間、彼女は毎朝友達の席で時間をつぶしていた。いつも静かに読書をしているサワさん。本当は自分の席で、朝の時間をゆっくり過ごしたいんじゃないかと思った。
「あ……ううん。ほんと、気にしてないよ」
先生に気づかれないように、サワさんが小声になる。教室のカーテンが風をはらんでユラユラと揺れる。
「いつも二人のやりとり見てるの楽しいし……ほら、にぎやかだよね。漫才っぽいっていうか」
思い出したように小さく笑われて、頬が熱くなった。
「いつも見られてたんだ」
最初のコメントを投稿しよう!