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航がジャケットからCDを取り出す。上機嫌にプレイヤーのトレイを開けようとして、放送準備中の機材に舌打ちをした。「なあ、ちょっとだけ」という目をしてくるので、「ダメだよ」と念を押す。クジラの歌を聞くことは出来ない。
「ちぇ、わかりましたよ」と、航は軽く咳ばらい。少し照れくさそうに一呼吸おくと、クジラの鳴きマネなのか、「んー」と低く伸びやかな声を出してみせた。
――次の瞬間、あたりに水飛沫と白い泡が立ちのぼった。見なれた放送室の景色が水に溶けて、青以外の色を失っていく。深海へ沈んでいく潜水艦の光を見ているようだった。青い光が、空気の泡を照らしながら、海の底にどんどん沈んでいく。深い海の色につつまれていく。どこまでも青く、どこまでも深い。こぽこぽ、とぼくの呼吸が泡になり消えていく。
その青い世界のどこか遠くで、「んー」と低く伸びやかな航の声が歌のように響き続けていた。それはいくつもの音色が重なり合って、高くなったり低くなったりしながら、海の色に溶けかけては、ふいにあらわれた。潮の満ち引きのように繰りかえし、大量の水でふさがってしまったぼくの鼓膜を震わせた。
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