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その丸太小屋はボロボロだった。
壁は木の腐食が見られ、窓ガラスは端々が割れている。誰かが整備している様子は見られない。地図を確認してみても、この付近にそれらしき小屋のマークはなかった。
とりあえず中を覗いてみる。
人はいない。ただの朽ち果てた避難小屋のようだ。
「……奈津美さん。ここ、予約していた山小屋じゃないですよね?」
その声に答えず、腕時計を見る。十四時。この初心者だらけのメンバーで、高山を歩ける時間のリミットを過ぎようとしていた。それ以前に、背後で唸り始めた吹雪の音が「これ以上進むのは無理だ」と言っている。
私は皆を避難小屋に押し込めると、一言呟いた。
「ごめん……」
私の顔は蒼白だったかもしれない。でも、その危機感はそこまで皆に伝わっていなかったようだ。
「……もしかして、今日ここに泊まり? 勝間山荘の焼うどんは?」
「えー、個室泊まりができるっていうから楽しみにしてたのに」
「でも、人の多い山小屋って落ち着かないじゃん。案外ここの方が静かでいいかもよ」
三人は、私が懸念する『滑落』『長引く吹雪』『食料の不足』などとは次元の違う言葉を口にする。その能天気さに、頭が痛くなった。
だけれど、実は私もそこまで深刻に考えていた訳ではなかった。
私の懸念はあくまで最悪の事態を言っているのであって、実際には雪が止めば下山できると思っていた。今回は少し運が悪かっただけ。明日になればきっと晴れて、無事下山できる。今日のことは後日、笑い話か武勇伝にでもなっているはず。
しかし、その考えは甘かった。
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