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「ただいま」
カラカラと門を開け、玄関で小さな声を出した。銀色の世界から家に入ればふわっと温もりに包まれるものだ。けれど小学4年生のジェロームを包んだのは容赦の無い祖母の声だった。
「遅い! 何をしていましたか?」
「あの、ごめんなさい、お祖母さま。先生に職員室に呼ばれていました」
「『あの』は余計です。またケンカですか」
ジェロームの目尻から頬にかけてうっすらと赤い傷跡が残っている。
「これは同じクラスの友だちに引っかかれて……」
「まったく、乱暴ばかりしてみっともない。洋服は汚していませんね?」
「気をつけました。でも袖が汚れて」
「では今すぐ自分で洗いなさい。罰です、お湯を使ってはいけません」
唇を噛むしか無かった。今日も名前のことでケンカになった。実際にはケンカでさえない。一方的に揶揄され、傷を負ったのだから。
「シェパード! シェパード! シェパード! お前は犬だ!」
相手にしないようにしている。ケンカになってしまったら帰宅してからまた祖父母に叱責を受ける。
「無視してんじゃねぇよ、犬のくせに!」
突き倒されてランドセルは放り投げられ、中身が散乱した。
「何するんだよっ」
「わっ、犬が吠えた!」
大袈裟に騒いで怖がる振りをする連中。周りでただ笑ってみている連中。どれもが他人だった。
床に広がった本やノートを拾う。落ちているシャーペンや消しゴムを蹴り飛ばして笑う者。「あ、ごめーん」と言いながらノートを踏む者。拾う姿に「やっぱり犬だ!」と叫ぶ者。ジェロームが週に2度は聞かされる笑い声。ノートを強く引っ張ると、踏んでいた男子がよろけた。
「やったなっ」
次の瞬間には目から頬に痛みが走っていた。
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