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「おい、支度しろ。お前の家に行くぞ」
河野の顔をチラッと見て黙って支度を始めた。明らかに諦めた顔になっている。そんな思いには慣れてしまったのか。
「着替えないとな、どこにも行けないだろ? ジーンズくらいはあるんだよな?」
「それしか無いです」
「上等だよ、それで。ちょっと待ってろ、俺も着替えるから」
出て来た河野の姿を見て心臓が跳ね上がった。デニムのジャケットに真っ白なシャツ。洗いざらしのジーンズ。家にある自分の服を思い浮かべる。
(碌なの無い、どうしよう……)
「行くぞ」
昨日のスーツのままその後に続いた。マンションの地下へと入っていく背中に戸惑った。
「どこ行くんですか?」
河野は後ろを見ずにポケットから出したキーをジャラジャラと音を鳴らして聞かせた。
「車」
目を見開いた。
「大人だ!」
言ってからバカなことを言ったと後悔した。
「お前なぁ……」
振り返った河野は笑いを堪えていた。
「大人を大人かどうか心配してたのか?」
声を上げて笑いながら白いオデッセイに向かってキーをカチッと鳴らした。『キュキュッ 』と反応する音を聞いて河野の背中を見つめた。
(カッコいい!)
あちこちで見慣れているはずなのに自分の周りに運転する者はいなかったし、河野の仕草は流れるように自然だった。
「乗れ」
「はいっ!」
当然助手席に乗るのも初めてのこと。河野の一挙手一投足から目が離れなかった。
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