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「ジェイ、帰ってたの?」
父も母もジェロームの頭文字を取ってジェイと呼んでいた。
「ママ!」
思わず母の細い体にしがみついた。
(泣かない。絶対に泣かないんだ、ママの前では)
心配させたくない、母はジェロームの笑顔が好きなのだから。
「手を見せて」
慌てて手を背中に引っ込めた。冷たい水で真っ赤になっている。
「ほら、見せて、ジェイ」
母の声は魔法の声だ。逆らうことなんか出来ない。鈴の音のように細く歌うように美しい声。父が大好きだった母の声。そっと前に手を差し出す。
「まあ、こんなに冷たくて……」
細い小さな手がジェロームの手を包み込む。
「水を使ったの? お湯になさい、外はこんなに雪が降っているのに」
「違うんだ、水の方が汚れが落ちるんだよ」
「ジェイ、汚れって温かいお湯の方が落ちるのよ。どこ? ママが洗ってあげる」
何も知らない母。虐待は肉体的なものとは限らない。小さく柔らかい心は傷つきやすい、純粋であればあるほど。祖父母のしていることも学校でのことも、ジェロームは一切母の耳に入れていない。
母にはいつも笑顔でいてほしかった。父が亡くなって長いこと、その綺麗な笑顔を見ることが出来なかったから。
父は母を泣かせ、笑顔を持って逝ってしまった。もう母に笑顔は戻らないかもしれない…… そんな恐怖をもう味わいたくない。だから何も心配して欲しくなかった。
「ママ、テスト100点2枚あるし、作文も良く書けてるって!」
「本当? ジェイはダッドに似たのね。この頃どんどん似てきて、ママ、とっても嬉しいの。ジェイを見てるだけで幸せよ」
悲しい言葉だった。だからいじめの対象になっているのに、そう言われるのを母の前で喜ばなくてはならない。
「そんなにダッドそっくり? ママがこんなに喜ぶんだからもっともっとそっくりになるよ!」
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