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夏樹は振り返って、今自分が出てきたばかりの部屋を見る。
そこは冬依と秋哉が、普段はふたりで使っている部屋だ。
夏樹は再び自分の手のひらを見直し、いつもの半分ほどしかない小さな手のひらをみつける。
バッと体をひるがえす。
「秋、無事かっ」
春一の姿をした秋哉は、困惑した顔で夏樹の背中を見送っていた。
「秋哉はオレなんだけど……」
秋哉は普段、入り口付近の簡易ベッドで寝ている。
夏樹もついさっき、そばを通り抜けて来たはずなのに、ベッドの上など、まともに目をやらなかった。
そして秋哉の姿をした『誰か』は簡易ベッドの上で、
「……」
毛布を両腕に抱きかかえて、ふるふると震えている。
つり目の瞳を目一杯にあけて、その瞳の中には涙がいっぱいたまっている。
今にも零れそうだ。
「えーと……冬――」
秋哉の体だけど冬依なのかと聞きかけて、
『いや違う』
首を振る。
冬依なら、自分の涙はもっと効果的に使うだろう。
見るものがないのに、こうやって声をこらえて泣くのは、
「……まさか、鈴音か?」
秋哉の姿をした『誰か』は、コクンとうなずいた。
残りのひとり、夏樹の姿をしているはずの冬依は、夏樹の耳栓のおかげで、ひとり枕を抱いてスヤスヤと眠っている。
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