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「あ、そうだ。俺の名前は沢口光司。この水膨れの顔は、老人にしか見えないだろうが、生きていれば、歳は45。俺は自殺じゃねーが、おまえと同じようにまともな死に方をしなかった男だ。だから血だらけの顔をしている。ま、それはいいとして、俺はおまえを助けようと屋上の塀から落すまいと、おまえの胸を押していた」
まだ憤慨を引きずっている心に、その声が届いた恵人は、思い出した。飛び降りようと したとき、何者かが胸を強く押しているように感じたことを。
「だが、幽霊には実体がないからな。おまえは俺の体をすり抜けて落ちていった」
「どうして、僕を助けようとしたんですか?」
幽霊が生きた人間を助けようとする意味が理解できない、という顔で訊き返した。
「馬鹿野郎! 自殺をしようとしている子供を見て、知らんふりできるか」
生きている人たちを怖がらせて喜びそうな、あるいは酷い悪事でも働きそうな化け物に似合わないセリフを先輩幽霊、沢口がまた同じ口調で殊勝な言葉を吐いてきた。
恵人はその言葉を耳にして、怯えながらも疑念の眼を沢口の顔に注いだ。その容姿からして、どう見ても正義の味方には見えない。どこか胡散臭さがある、詐欺師の疑念さえも感じる。霊界にも、未成年者を騙す連中や、オレオレ詐欺師がいるのだろうか?
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