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 終わりの近い夏の日は沈みかけて、代わりに傍の街灯が辺りを照らしている。まるでスポットライトを浴びているような菅原さんの美しい旋律に目を閉じて耳を傾けながら、またあの胸の疼きを感じていた。  焦燥、苛立ち。何かに急っ突かれているかのような衝動。過去の暗い記憶に混じって確かに感じるそれらをひとつの言葉にできそうでできない、霧を掴もうとするかのようなもどかしさ。  最後の一音が空気に溶けて消えた。大きくひとつ息をしてから、菅原さんは優しげな瞳を俺に向けた。 「アルトくんも、歌が好きなんだね」 「え……」  反射的に睨むような目で見上げてしまった。けれど菅原さんは変わらず微笑んでいて、結局俺は逃げるように視線を逸らした。 「……嫌いですよ、歌なんて」 「え? でも」  隣に座った菅原さんの目が、顔を覗き込んでくる。 「今もこの前も、そんな風には見えなかったよ?」 「……っ」  俺の中の頑なな何かが大きく一度揺さ振られた。歯を食い縛ったのは、怯えたからだったのだろうか。  顔を顰めながら立ち上がった。 「――大嫌いですよ、歌なんて」  吐き捨てるように呟いて、彼女の顔も見ずに歩き出す。視線が背中を追い掛けてくるのが気配でわかったが、振り向けなかった。
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